東京地方裁判所 平成10年(ワ)13353号 判決 2000年7月12日
原告
株式会社ナコインターナショナル
右日本における代表者
黎郷
右訴訟代理人弁護士
吉田武男
同
杉浦智也子
被告
有限会社ブルブル
右代表者代表取締役
大西康文
右訴訟代理人弁護士
栗林信介
同
飯田丘
被告
阿部ハトメ株式会社
右代表者代表取締役
阿部ふさ
右訴訟代理人弁護士
中根秀夫
同
中根秀樹
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告らは、原告に対し、各自金一四五八万円及びこれに対する平成一〇年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告の製造に係る商品の形態を模倣した商品を、輸入、販売した被告らの行為が不正競争防止法二条一項三号に該当すると原告が主張して、被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。
一 前提となる事実(当事者間で争いない。)
1 原告は、平成九年六月初旬ころから、別紙図面(一)記載のネコの恋愛シミュレーションミニゲーム機(以下「本件第一商品」という。)につき、被告阿部ハトメ株式会社(以下「被告阿部ハトメ」という。)から注文を受けて約一〇万個を製造し、同被告に販売した。同被告は、被告有限会社ブルブル(以下「被告ブルブル」という。)にこれを販売し、被告ブルブルは、これを日本国内で販売した。
2 ところが、被告らは、別紙図面(二)記載のネコの恋愛シミュレーションミニゲーム機(以下「本件第二商品」という。)を、香港所在の原告とは異なる玩具メーカーに製造させ、これを輸入し、平成九年一二月下旬ころから日本国内で販売した。
3 本件第一商品と本件第二商品は、①前面が、上部に丸い四本の爪を有する猫の掌の形状であること、②後面が、猫の手の甲の形状であること、③前面中央に約二センチメートル四方の液晶画面、前面下部に直径約三ミリメートルのゲーム操作用スイッチが曲線上に三個配置されていること、④全体の模様として、トラ柄、ブチ、三毛の三種類があることなどの基本的な形態が共通し、本件第一商品の形態と本件第二商品の形態は実質的に同一である。
二 争点
1 本件第一商品は、被告らにとって不正競争防止法二条一項三号所定の「他人の商品」に該当するか。
(原告の主張)
本件第一商品は、被告らにとって、同号所定の「他人の商品」に当たる。
平成九年二月一七日ころ、被告阿部ハトメの事務所で、本件第一商品を製作するに当たり、原告代表者と社員が、被告阿部ハトメの取締役や被告ブルブルの代表者らに対し、原告が製品化を予定していた本件第一商品に関し、シミュレーションゲームの脚本(ストーリー)及び基本的なデザインを「猫の手」とする企画案を提示した。すなわち、原告代表者らは、本件第一商品が従来の「育て系ゲーム」とは異なることを説明し、「脚本」を配布し、その商品名及びそのデザインを「猫の手」とすることを提案した。確かに、「猫の手」を基調とした具体的な形状をデザインしたのは被告ブルブルであるが、「猫の手」のアイデアを最初に考え、提示したのは原告であり、被告ブルブルは、原告の意向を受けて、右の基本的な着想に手を加えたにすぎない。
(被告らの反論)
本件第一商品は、被告ブルブルが企画、開発した商品であるから、被告らにとって、不正競争防止法二条一項三号にいう「他人の商品」には当たらない。
原告は、被告らにゲーム機のアイデアを提示したに止まる。右ゲーム機の商品化を決め、「猫の手」を模した形態、配色等のデザイン、パッケージ及び取扱説明書のデザイン等を決定したのは被告ブルブルである。
また、本件第一商品の形態等を決定し、商品主体としてその販売営業活動を行うなど、右のコストやリスクを負担したのは被告ブルブルである。原告は、被告ブルブルが本件第一商品を販売することを決定した後に、その委託を受けて製造を開始したにすぎず、本件第一商品を商品化するに当たってのコストやリスクを負担していない。先行者の市場先行のメリットを保護しようとする不正競争防止法二条一項三号の立法趣旨に照らすと、原告は、同号による保護を受けるべき立場にはない。
2 損害額はいくらか。
(原告の主張)
被告ブルブルは、合計四万五〇〇〇個の本件第二商品を仕入れて販売した。その仕入価格は一個六八四円、卸価格は一個一〇〇八円と考えられるから、被告ブルブルは本件第二商品一個当たり三二四円(一〇〇八円−六八四円)、合計一四五八万円(三二四円×四万五〇〇〇個)の利益を得た。よって、被告らは、原告に対し、不正競争防止法二条一項三号、四条、五条一項、民法七一九条により、連帯して一四五八万円の損害賠償金の支払義務を負う。
(被告らの認否)
原告の主張は否認する。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(他人の商品)について
1 不正競争防止法二条一項三号は、「他人の商品」の形態を模倣した商品を譲渡、貸し渡し、輸入する行為等につき不正競争行為とする旨規定する。右規定が設けられた趣旨は、費用、労力を投下して、商品を開発して市場に置いた者が、費用、労力を回収するに必要な期間の間(最初に販売された日から三年)、投下した費用の回収を容易にし、商品化への誘因を高めるために、費用、労力を投下することなく商品の形態を模倣する行為を規制することとしたものである。したがって、同号の保護を受けるべき者に当たるか否かは、当該商品を商品化して、市場に置くに際し、費用や労力を投下した者といえるか否かを吟味することによって決すべきことになる。仮に、甲、乙それぞれが、当該商品を商品化して市場に置くために、費用や労力を分担した場合には、第三者の模倣行為に対しては、両者とも保護を受けることができる立場にあることはいうまでもない。しかし、甲、乙間においては、当該商品が相互に「他人の商品」に当たらないため、当該商品を販売等する行為を不正競争行為ということはできない。
そこで、右の観点から、被告らが、本件第一商品の商品化について、費用や労力を投下したか否かについて、検討する。
2 証拠(甲一四、一五、一八、乙一七及び一八)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない(なお、各箇所に証拠の一部を掲記した。)。
① 被告阿部ハトメは、従来から、原告や被告ブルブルと取引があった。
被告阿部ハトメの取締役である阿部正継及び被告ブルブルの代表者である大西康文は、平成九年一月一六日、香港で開かれた玩具の展示会を訪れた際に、原告から、日本で当時流行していた「たまごっち」に類似するストーリー性のある携帯液晶ゲームの商品化を持ちかけられ、興味を示した。そして、原告及び被告らは、平成九年一月二六日ころから、商品化に関して、数回にわたって協議を行った。原告は、既に、ゲーム機の形状を猫の掌を模した形とすることを発案し、また「ROMIY&JYULIE」と題する猫の恋愛シミュレーションゲームのゲームシナリオを中国語で作成していた(甲五の1)。
② 原告は、同年二月一七日、被告阿部ハトメ本社における打合せで、被告らに対し、前記ゲームシナリオを日本語に翻訳したもの、ゲーム機の外観を猫の掌の形とするデザインの原案を示すイラスト及びゲーム機の画面表示の原案を示した(甲五の2)。なお、この時点では、ゲームのシナリオやデザインの原案は作成されていたが、ゲーム機のプログラム及び実寸大模型が作成されていたわけではなかった。
被告らは、ゲームの発想に関心を示したが、原告が示したデザインの原案は日本人の感覚に合わず、その操作性、機能性にも問題があり、そのまま商品化することは困難であると判断した。
そこで、被告らは、ゲームのプログラムについては原告の案を採用する一方、ゲーム機の外観については被告ブルブルにおいてデザインを修正することとし、商品パッケージや取扱説明書のデザインも被告ブルブルにおいて考案すること、及び商品については、その製造を原告に委託し、被告ブルブルがこれを日本国内で販売することを取り決めた。また被告らは、当時「三丁目のタマ」という猫のキャラクターが日本で人気を集めていたことから、ゲーム機の名称を「三丁目のロミー・アンド・ジュリー」とすることを決めた。
③ 被告ブルブルは、ゲーム機の新たなデザインを創作し、同年二月一九日、被告阿部ハトメの本社において、これを原告及び被告阿部ハトメに示した。
原告の提案に係るゲーム機のデザインは、液晶画面のある本体の下側に三本の指を設け、操作ボタンを指部分の上に配置するものであるのに対し、被告ブルブルが創作したデザインは、猫の掌の形状である点は共通するものの、本体部分の上側に四本の指を設け、操作部分は、本体部分の液晶画面の下に配置するものである点において相違する。また、被告ブルブルは、右同日、商品パッケージとしては、貝殻状のブリスターパッケージ(ふくらみを持たせたプラスチック容器)を用いることを提案したほか、ST(玩具安全)マークを取得するためには電池蓋をねじ止めとする必要があること、商品パッケージにゲーム画面のシールを付す必要があることなどを指摘した。
④ 原告及び被告らは、被告ブルブルが創作したデザインを採用することにし、その製造を原告に委託することとした。
さらに、被告ブルブルは、その考案に係る新たなデザインに基づいて、寸法や形状が異なる三種類のゲーム機の図面(乙一の1ないし3)を作成して、同年二月二一日、これを原告に交付し、さらに、原告において金型を作成するためのゲーム機の外観模型、並びにゲーム機の絵柄及び配色を指定する図面三種類(乙二の1ないし3)をも作成して、同年三月初めころまでに、いずれも原告に送付した。
被告らは、これらを送付する際に、送付した模型は期待したよりも厚めであるから、実際の製品はこれよりも薄く仕上げるべきこと、及び外観の全体的な丸みは被告らにとって重要であることを原告に伝えた(乙三)。
また取扱説明書(乙四の1、2)や商品のパッケージ用の台紙等のデザイン(乙五の1ないし5)についても、被告ブルブルがこれを作成して原告に送付した。
⑤ 被告らは、同年三月一〇日ころ、ゲーム機一〇万個の製造を原告に委託した。被告阿部ハトメが輸入元となり、被告ブルブルは、被告阿部ハトメが開設した信用状によってゲーム機の代金を決済することとした(甲一一、一二)。
原告は、被告らから送付を受けた模型や図面等に基づき、ゲーム機のサンプルの製造に着手し、同年五月初めころ、外観サンプル六個を作成して被告らに送付した。これに対し、被告らは、部品のはめ合わせが悪いことや配色が被告らの指示と異なることなど改善を要する点を原告に伝えた(乙七)。原告はこれを了承して五月末ころ、外観サンプル一個を送付したが、被告らは、これに対しても、全体的な光沢度に不満がある旨を指摘し、製造方法の変更を提案したりした(乙八ないし一二)。
⑥ なお、原告は、本件第一商品のデザインを決定したのは原告であると主張し、甲第一五号証及び第一八号証には、これに沿った部分がある。しかし、前記認定したとおり、ゲーム機の外観を猫の掌の形状とするアイデアは原告の提案に係るものであるが、当初原告が示したデザインの原案と、被告ブルブルが新たに作成したデザインとでは全体形状が大きく異なり、両者は別のデザインであることに照らして、右主張を採用することはできない。
3 以上認定した事実を前提として、以下検討する。
右のとおり、①本件第一商品の商品化の過程をみると、確かに、ゲームのシナリオを作成し、ゲーム機の外観を猫の掌の形状にするとの着想を提示したのは原告であるが、その後本件第一商品の外観デザイン、名称、パッケージデザイン及び取扱説明書を作成したのは被告らであり、その後も試作品を作成する過程においても、被告らが、細部にわたり、詳細な指示を与えていたこと、②ゲーム機において、その外観のデザイン、パッケージデザイン、商品の名称は消費者の購買意欲に影響を与え、商品化における重要な要素であるが、内容、形状の最終的な決定は被告らが行ったこと、③本件において、新規商品である本件第一商品一〇万個を市場に流通させ、これを販売することによって費用の回収を図ることができるか否かのリスクを専ら負担していたのは、被告らであったといえること等の事実に照らすならば、被告らは、本件第一商品の商品化に当たり、費用及び労力を投下して、その制作に関与した者と解するのが相当である。
なお、原告は、ゲームとしてのストーリーや猫の掌を模した形態が原告の発案によるものであることを理由に、本件第一商品は、専ら原告の商品に当たる旨を主張する。しかし、同項三号は、その開発者を模倣者との関係で保護しようとするものであって、そのアイデア自体を保護する趣旨の規定ではないこと、本件第一商品の商品化に当たっての被告らの関与の程度が前記のとおりであることに照らし、右原告の主張は採用できない。
そうすると、被告らにとって、本件第一商品は「他人の商品」に該当せず、被告らの行為は、不正競争防止法二条一項三号の定める不正競争行為には該当しない。
二 結論
以上のとおり、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官谷有恒)